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北條幻庵屋敷跡


交通 JR 小田原駅より久野方面行きバス15分
公民館前バス停下車
駐車場 なし

北條幻庵の屋敷跡です。こちらも前々から気になっていた場所なんですが、ここへ行く道は細い!(路駐なんかしたら大迷惑!)なのにバスが通る!駐車場はない!!ということで嫌煙してたんですが、ついに行ってみました。まず小田原市の案内板からご紹介
『幻庵は、伊勢早雲庵宗瑞(北條早雲)の末子として明応2年(1493)駿河の葛山の館(裾野市)に生まれた。幼年時代に箱根権現の別当職を約束され、京都に出て三井寺で修学したり、学者や文化人について諸芸を学び、格調高い歌を詠む文化人であった。
 天文10年に兄氏綱が逝去した後は、3代氏康、4代氏政の後見人として、この久野の館に住み、一族の長老的存在となり、その名は遠国まできこえていた。
 幻庵は、北條氏が滅びる8ヶ月前、北條氏の盛衰とともに久野の館で97歳で亡くなったとされている。』

ここにも書かれている通り、幻庵は早雲の子(三男)です。北條氏の滅亡直前までの97年を生き抜いたと言われています(が、この長寿は一部では疑問視されている模様)
少年時代に京へ、30歳前後にも京へ上っています。32歳の頃、第40世箱根権現別当となり(ということはスゴイ霊能力があったりして(爆))宗教界に勢力をふるったそうです。その後、歴代北條当主の後見をつとめました。文武両道の人物で、弓矢や馬、鼓や尺八、さらには歌人としても有名。「幻庵覚書」も有名です。すごい★そんな人が実在したの?顔はわかんないけど、それじゃ「光源氏」みたいじゃん・・・。趣味人としても有名で、秀吉は幻庵が亡くなるまで小田原攻めをしなかったという人もいます。定かではないですけど。

そういえば本店の松坂屋さん(南町にある和菓子屋)で「幻庵」というお菓子を売ってます。小田原ゆかりの「幻庵」さんは2人いるんですがこのお菓子は「北條幻庵」さんの方だそうです。粒あんをまるく伸ばして固めてまわりにグラニュー糖がふってあるようなかんじ。美味です。(写真を撮ってあったんですが、まちがって削除した模様です(涙))
霊廟? 霊廟?の中にある位牌 屋敷にあった池を復元したもの

この場所、隣は民家と幼稚園だか保育園でした。正直面影は全然ありません。(って最初どんなだったか知らないけど〜)ひっそりと霊廟のようなものが建ち、その傍らに池が復元されていてそこでは子供が遊んでました。ここにそういう屋敷があったんだ・・・と知らないとわかならないですね。小田原ってこんなんばっかやな・・・。お参りをしたい方はどうぞ★

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