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さようなら、歴史ある小田原駅


地図(一応)はこちら→


小田原駅の歴史

小田原駅は大正五年十月二十一日に小田原⇔国府津駅間が開通。国府津から沼津へ行く東海道線(現JR御殿場線)の分線として造られました。その後熱海線が開通。小田原駅前もにぎやかに・・・。

ところで何故国府津から沼津(遠回りらしい)というルートがとられていたのか??それは昔からの難所、箱根のせいでした。じゃあ国府津から熱海経由で沼津はどうかというとやっぱり箱根から伊豆半島が山だらけ(車で通るとよくわかりますよね。昔は車酔いしやすかったのでそりゃもう辛かったです)。なんと、明治四十二年から計画され、大正七年に着工したんですが、事故などで難航・・・。十六年かけて完成しました。

昭和三十九年十月一日(あら、私の誕生日と同じ日・・・。年は違うけど)東海道新幹線開通。

ちなみに箱根登山鉄道(湯本⇔強羅)は大正八年、大雄山線(小田原⇔関本)は大正十四年、小田急線(新宿⇔小田原)は昭和二年に開通してます。

取り壊された小田原駅は・・・

平成15年5月に取り壊された小田原駅は大正九年十月二十一日に建設されました。皇室専用待合室や貨物駅が設置されていました。現在もJR東日本、JR東海、小田急電鉄、箱根登山鉄道、大雄山線の5つの路線があり、(駅長も5人いるらしい)大規模な駅なのですが、その当時も日本で十指に入る大規模な駅だったそうです。

できて1年たたないうちに関東大震災に遭遇★が、あまり被害をうけなかったようで、一部撤去、現存する部分は当時からのものだったそうで、それは歴史的建造物だぁ・・・。

何気に利用していたのですが、以前は小田原に皇室御用邸があり、その頃使用されていた車寄せが今も残ってます。それを知った時、「え!?あれ車寄せだったの??」とびっくりしました。あとふと上を見るとステンドグラスがあったりして(さらに保護ガラスがあるんですが、それが汚れてて良く見えないんだなぁこれが★)よくよく見るとモダンな建物だったんだろうなぁと感じさせます。

 

車寄せのステンドグラス。でも、保護ガラスが汚い・・・。 こちらは車寄せ。こんな状態になってると「車寄せ」には見えないなぁ・・・。
こちらは丸みを帯びた窓。緑の窓口の入り口の天上です。写真にするととても素敵だわぁ★


市民グループが小田原駅保存の運動をしていましたが、結局取り壊されてしまいました。残念です。でも正直新しい駅舎にして何のメリットがあるんでしょう。現在一部だけ開通しましたが、現存するホームの上に建てたためか、階段がとにかく長いんです。エスカレーターもありますが、どうやらルールを知らない人が多いらしく、右側で思いっきり立ち止まってくれる人がいて渋滞が起こってますし。
まあこれは小田原に限らずどこでもありますけどね。マナーっていうか、ルールは守ろうよ・・・。

それからロータリーは渋滞がひどくなりました。特に雨の日は最悪です。ホームまでは遠くなりました。西口はともかく東口(大雄山線側)は1人ずつの幅のエスカレータがあり、さらに長いです。

今後駅ビルを建設するそうですが、わざわざ小田原で下車して駅ビルに寄る人がどれくらいいるんでしょうか?さらに小田原は基本的に店が閉まるのが早いんですが、駅ビルもそれじゃあイミはない。せっかく全国的にも珍しい大正時代から残る駅舎をわざわざ取り壊すんですからそれなりのものを作ってくれなきゃ納得できませんぜ。

正直現在の駅(まだ建設途中ですけど)は結構市民には評判悪いです。(うわ☆正直ものの私・・・)

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