OdawaraPR>みどころ>小田原城>常盤木門、小田原城ミューゼ、銅門
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本丸の正面に位置し、小田原城の城門の中でも、最も大きく堅固に造られていました。古絵図などの記録から、江戸時代初期から明治3年(1870)の小田原城廃城まで姿をとどめていたといわれています。 現在の常盤木門は、明治時代初期に撮影された写真などを参考に再建したもので、昭和46年に完成しました。 常盤木とは常緑樹の意で、門の傍らには往時から松が植えられており、また、松の木が常に緑色をたたえて何十年も生長することになぞらえ、小田原城が永久不変に繁栄することを願って、常盤木門と名付けられたそうです。 瓦の紋が徳川の紋なんですよ。(北條氏の紋じゃないですから☆)よく北條氏のことをTVでやるときに必ずここが北條氏の居城と言って映されるんですが、違うと思う・・・。 |
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アールヌーボー、アールデコのガラスを展示している小田原城ミューゼ。平成14年3月にオープンしました。常盤木門の横に入り口、展示場は常盤木門の二階にあります。3ヵ月ごとくらいに展示物がかわります。 ちなみに、65歳以上の人は割引になります(たぶん600円)。今現在はわかりませんが、私が行ったとき(もちろん私は割引対象外の年齢ですよ!!!)は自己申告でした。証明必要なし・・・。やっぱし謎だぁ。 館内は「写真撮影禁止」となかったため、入館者全員写真取り捲ってました。画像あまり良くないですが一部公開します。
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銅門は、江戸時代の小田原城二の丸の表門で、明治5年に解体されるまで、江戸時代を通してそびえていました。往時は、馬出門土橋(現在のめがね橋)から城内に入り、銅門を通って二の丸御殿や本丸、天守閣へと進むようになっていたそうです。銅門の名前は、大扉などに使われた飾り金具に、銅が用いられたことに由来しています。 現在の銅門は、昭和58年行われた発掘調査や古写真、絵図などを参考に、平成9年に復元されたものです。平成10年4月1日より一般公開されています。 たまにここで(夜)お茶会があったりしてちょっといいかんじでした。でもこれにかなりな金額かけてるんですよね〜。オープンしたての頃には門の2階を公開してました。真下を通る人が見る事ができるんですよ〜。たまに展示会があると2階に上れます。 |
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